ことばの周縁
20 時間前
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しばらく雨の日が続いていた。
明るい朝の光を少し忘れかけていたけれど、今朝は久しぶりに窓の外が明るい。
こういう朝には、何かを考えようとしなくても、自分の中に沈んでいたものが少しだけ立ち上がってくる。
言葉にならない言葉。
まだ、言葉になる前のものなのか、あるいは言葉にできないものなのか。
確かにそこにあるのだけれど、輪郭を与えることで、それまで自由に揺れていたものが動けなくなってしまうようなことがある。
その感覚を定義することは、理解するために必要なことでもある。けれど、言葉にできないままの方が豊かなものもあるのだと思う。
それを「ピュシス」と呼ぶのだとしたら、その感覚は、いつまでもうまく言葉にできなくていい。
香り。光。空間。人と自然のあいだに生まれる間。ふと、時間の感覚がほどけていくようなゆらぎ。
何かを説明してくれるわけではないのに、言葉より深いところに触れてくるものがある。
五感が少しひらいて、その先にあるものまで透き通っていくような。
意味を探さなくてもいい。言葉を与えなくてもいい。
ただそこにいるだけ。
僕はたぶん、そういう場所にいるときの感覚が好きなのだと思う。
ことばの周縁をただゆっくりと漂っている。時にことばにしてみるのももちろん構わない。
それを周縁と感じることも、核心と感じることもまた自由だ。
大切なことは、急いで掴もうとしないこと。身体で感じたことは身体がきっと覚えている。
またそれがふと、立ち現れるのを待ちながら、日常を整えていればいい。
そして、ときどき誰かと、そんな時間を一緒に過ごせたら。
今朝の光のように、ほんの短いあいだ訪れて、何も言わずに、何かだけを残していくような時間を。